それであの1日1組、貸し切りで食べた煮込みハンバーグはおいくらなワケ?


”レストランは閉店、シェフは鬼籍

永遠に失われたはずの『思い出の味』を、再現してみせる店がある……”


って、てっきり「走馬灯株式会社」の様な摩訶不思議系の店だとばかり。入店も、死に場所を探してたら迷いこんで的かと思いきや、いえいえ客自らが予約してますよ。

◯◯年にどこそこにあった、こんな店のこんなメニューでいくら。

なんと厨房ではそこから、当年代の主要仕入れ地域を割り出し店主の気風から肉の等級を推理し、客の思い出話を加味して……要は人間業で普通に調理していくのでしたー。えええええ

(亡きシェフ修業先のレシピもあるものの。再現度には皿の色/大きさや盛り付け等の見た目も必要でしょうよー無理無理)


調査ついでに依頼人の経済状況や、保険金で返済するために死ぬつもり……とかいうきわどい情報も掴んでるんですよ、料理関係なさすぎるw


で、その思い出の味に再び出会えたら、そこからまた人生が始められる…ので『始飯(しめし)』と呼ばれ、進むべき道をしめしてくれるんですってよ。何そのうまいこと言ったぞ感w 


食事って、美味しいだけじゃなく誰と食べてどう楽しかったかも大事なもの。貧しくても優しい両親と家族揃って食べた料理なら、やっぱり愛する妻子と家族揃って食べてこそ同じ幸せな味になるんじゃないでしょうか。

でもドラマでは、細かいことあれこれ聞かれて、待たされて、じーっと見つめられながら一人きりで食べて、挙句にシェフの若造には「アンタ」呼ばわりで死ぬつもりだろとか余計なお世話。
もうここでとっとと出てっても構わないだろうに、小娘給仕につきまとわれ妙に励まされw スタッフが全員若くて佇まいカジュアルなのに、おもてなしは濃厚すぎるんですよ。

それで出てきたら、ドアの前で泣いてる妻と娘。なんなのー!

「お父さん1人だけ豪華なランチ食べてずるい…!」の涙か(違)


席を外したりもしつつ見てたので、妻子がなぜ居たのか不明瞭ですが、もし店が呼んだのならここは食事中のテーブルに通して、家族で食べて、死ぬつもりの主人公が翻意する展開にしてほしいところ。

もっと言うなら、最初に一口食べた時には「美味しいけど、違う」そして家族で食べて初めて、ああこれだーなんて言ってくれたらもう期待してた感じでしたけど。そもそもそういうスピリチュアルより、仕入れ先が福島か栃木か、当時の人参はこの品種か、ってデータが大事なのなら、私の期待の方が間違ってるわけで。さて。

面白くなるのでしょうか……。

一方で、自分だったらあの店のあれ、食べたいな懐かしいなーなんて思ったり。 


余談ですが、思い出の誕生日会食はまるで「一杯のかけそば」でしたね。家族で来て注文は1食分…それはルール違反でしょう…。パンのみ2皿でいいから頼まなきゃよ。 それもできない貧乏なのに、服装は小綺麗でちゃんとおしゃれ。そんなあたりも違和感でした。